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2008年02月25日のアーカイブ

老人介護、堂々とプロに任せよう

老人介護、堂々とプロに任せよう


ソーシャルダンスを楽しむ入居者たち(神戸市中央区の介護付き有料老人ホーム「海岸通・エレガーノ神戸」で) 「まあ、ピンピン、コロリでいらっしゃいましたのねえ」と、某大物政治家夫人。

 有料老人ホームにいた八十六歳の母が、亡くなる数時間前までマージャンを楽しむほど元気だったが、クモ膜下出血で苦しまず急逝したとの話をすると、羨(うらや)ましそうにこう言われた。

 「ピンピン、コロリ」とは言い得て妙だが、母の場合はまさにそうだったのだ。

 「人生いろいろ」なのだから、晩年のライフスタイルもさまざまでいいと思う。三世代住宅で孫たちに慕われる、あるいは財布をアテにされるもよし、若者とは生活ペースが合わないからと、同世代の話し相手と「自由」を求めて施設に移る選択肢もある。

 価値観や状況には個人差があり、だいいち、これまで人類が経験したことのない少子高齢化・グローバル社会を迎えた今日、これまでの日本の「常識」が通用するとは限らない。そこへ従来の道徳を持ち出して批判、非難するべきではない。

 つまりここで私が言いたいのは、老人介護の問題についてである。

 六十八歳でメリーウィドーとなった母には、我々夫婦と一緒に暮らす気はなかった。私は一人っ子。従って母は老後の単身生活を選び、七十歳で自宅を建て替えたときも、そのつもりで設計させた。

 今思えば不思議なのだが、我々夫婦にも、わずか一駅離れただけの実家に移るという発想はなかった。折りしもバブルの頂点。その四年前に買ったマンションは、なんと六倍の値をつけていた。あのとき売却して母と同居すれば、ひと財産手に入ったわけだ。ちなみに現在、このマンションはほぼ購入価格に下がった。

 けれども私は、大金を得るチャンスを逃がしたことを惜しいとは思わない。三人の同居生活でお互い気を遣い、ひょっとしたら介護させられるようになった可能性もある。

 それよりも、八十四歳でまだ自立生活を送れる母を三か月かかって説き伏せ、神戸・海岸通りの有料老人ホームに入居させてよかったと思っている。実はその頃(ころ)、母は寂しさを訴え始めていた。近所からは同年代の知り合いが、当然ながら徐々に減ってゆくのだ。

 それでも入居には抵抗感のあった母だが、食堂や大浴場などでの「社交」のおかげで、独り暮らしのときよりも表情は明るくなり、神戸港が一望できる施設で最後の二年間を送った。亡くなる半年前には、冬のドイツを旅するほどエネルギッシュになった。自分より若い入居者たちが活発に遊ぶ姿にも、触発されたようだ。

 しかるべき施設は、高齢者用に設計され、プロが世話をしてくれるので、自宅にいるよりはるかに安全だ。いくら子どもが献身的でも、毎日二十四時間、面倒を見ることはできまい。もしヘルパーを二人住み込ませて老人ホームと同じレベルの介護をしてもらおうとするなら、、毎月、百万円近い出費が必要となる(実際、義父のときにはそうだった)。

 だが、我が家にはそんな資産も収入もない。母は結局「ピンピン、コロリ」となったが、通常、育児とは異なり老人介護の先は見えない。オムツがとれるどころか、ますます知力・体力が衰える。

 そんな自宅介護で犠牲になるのは、主に女性。妻の場合も多いが、娘に負担がかかることもある。そしてそれを無責任な世間や親類は「当たり前」と考え、マスコミは美談にし、ますます彼女らにプレッシャーがかかる。あげくの果てに「介護地獄」。「早く死んで欲しい」と願い、最悪の事態、つまり殺人だって起こりかねない。

 そのように追いつめられるのは、実は大変真面目(まじめ)な方々なのだと思う。介護を義務として引き受け、頑張りすぎて精神的にも肉体的にも自分の限界を超えてから、やっと施設を探し、入れるところならどこでもと収容させてしまう。これでは現代姥捨山(うばすてやま)のイメージは拭(ぬぐ)えまい。

 老人ホームに入れることは、決して親不孝ではない。子どもは、親がまだ元気なうちに、時間的余裕をもって情報を集め、自分で納得できる施設を探せばいい。三世代住宅を親に建ててもらおうなどと虫のいいことを考えなければ、超豪華な施設でない限り、中流階級なら資金はあるはず。

 しかし「まだ元気」とか、「住み慣れた家を離れたがらない」との理由で、子どもは問題を先送りにし、ある日突然、親が倒れて介護地獄の幕が開く。

 いくら高齢化社会でも、やはり「人生は短い」。老人介護をプロに任せて自分の時間を大事にすることに罪悪感を持つのは、そろそろやめようではないか。

堀江 珠喜 (ほりえ・たまき)
 大阪府立大学教授・比較文学 1954年兵庫県西宮市生まれ。著書に「『人妻』の研究」「純愛心中――『情死』はなぜ人を魅了するのか」「おんなの浮気」「悪女の老後論」ほか。

(2008年02月20日 読売新聞)


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